*『茶の味』を味わう*

 石井克人監督の映画『茶の味』を観ました。すんごく良かったです。
 最近は片手で足りるほどしか映画館に行きませんが、この映画は2回観に行きました。十数年ぶりです。
 コミカルでバイオレンス色の強いアクションを撮ってきた石井監督の新作は意表をつく、の〜んびりしたホームドラマでした。
 
 山に囲まれ、田んぼや畑があり、真ん中を大きな川が流れています。都会とはそう離れていなくて、小さな鉄道や路線バスが走り、コンビニもあります。そんなに不便ではない、ビミョーに都会の入り交じった、どこにでもある日本の田舎町。
 主人公はそこに暮らす春野一家。家族一人一人が何か小さなモヤモヤを心の中に秘めています。ドラマチックな展開があるわけでもなく、縁側に座ってお茶を飲みながら、のほほんと平和に毎日が過ぎていって、その中で少しずつそのモヤモヤが晴れていって、最後はみんながそれぞれの場所できれいな夕焼けを見ています。
 
 特に子供たちが良かった。高校一年のハジメが悲しんだり、喜んだりしながら走る姿がとても良かった。小学校一年の幸子の自我に悩む姿がとても良かった。だれもがみんな、こんな経験したなあって素直に共感を持つでしょう。
 我修院達也演じるアキラおじいがよかった。石井監督的かなりパンチの効いたキャラクターだけど、家族に対する愛情が奇妙な行動のそこここからあふれ出ていました。
 物語の流れとともに移り変わっていく背景もとても良くて、春の桜吹雪や花咲くレンゲ畑で始まり、早苗の植えられた田んぼが土色からだんだん緑色に変わり、さらに梅雨の雨に打たれた稲は一面を緑に染め、緑色だった麦畑は黄金色に変わっていき、最後には大きなヒマワリと空を黄金色に染める夕焼け。
 春から夏へと移っていく季節を背景に、何の変哲もない春野一家の一時期を切り取った、ほんとにのんびりとした、それでいてちょっと風変わりな映画です。
 
 石井監督によればタイトルの『茶の味』とは「わかりそうで、わからないもの」「なんでもないようでいて、なにかあるもの」だそうです。
 ごくごく普通の日々を送れることがこんなに幸せで、平凡な毎日というものがこんなに刺激的で感動にあふれた素敵なものなんだと、あらためて感じさせられる、みんなが忘れていた「幸せのある場所」を思い出させてくれるような映画でした。

 それぞれの家庭にそれぞれの茶の味があるように、どんな国の家庭にも日本の縁側的なものがあって、日の光を浴びながら家族で茶の味を楽しむみたいな日常があったはずです。その先に幸せはあるのか?それぞれの茶の味を、あらためて味わってみませんか?縁側に座って、のんびりと。

(2004年11月)

茶の味
縁側で一服

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