農業をはじめて十数年。精神的に余裕が出てきたせいか、ここ2,3年、田んぼに行くと仕事以外のことが目にはいるようになってきました。
田んぼにやってくるアオサギ、カルガモ、キジ、ケリ、ヒバリにセキレイ。それから蛇や蛙。様々な虫たち。田の畦に咲く花々。近所のとーちゃん。そして六月の末になると蛍が舞い始めます。
私が小学生の頃は家の周りにもたくさんの蛍がいましたが、その後始まったヘリコプターによる一斉防除のせいか、すっかり姿が見えなくなっていました。そのヘリ防除も十年ほど前から無くなり、ここ数年害虫であるイナゴの数が増えるとともに、蛍もまた見られるようになってきました。いや、それまでも細々と生きていたのだけれども、ただそれを見る目を失っていただけなのかもしれません。
とはいっても、まだ家の周りにまでは戻ってきていません。蛍がいるのは村の一番はずれの方、丘のような小さな山がある辺りです。
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車のエンジンを止め、ライトを消すと、ひとつ、ふたつと小さな灯りが点りだします。稲の葉を揺らすかすかな風の音と、まだ控えめな虫の声、その中を蛍の淡い光が音もなく漂いはじめます。気が付くと辺りにはたくさんの蛍が瞬いていました。
「たくさん」と言うほどの数では無かったかもしれません。しかし私には思いもかけない数でした。
手に取ってみれば、本当に小さくて弱々しい光です。小学生の頃、夜、寝間に入れて遊んだ蛍の光はもっと明るく輝いていたような気がします。でも弱々しく見えるのは、広い田んぼの中だからかもしれません。それとも南の方にある工業団地の光が明るすぎるからでしょうか。
あちこちで川をきれいにして、蛍を呼び戻そうとの努力がなされている中で、自然栽培や有機栽培を行っている田んぼではなく、普通に農薬や除草剤を散布している田んぼで増えているのですから、自然というものは全く不思議です。
その自然の側から見ると、田んぼに入って草取りをしている自分は、きっとあの鳥や虫たちと同じレベルの存在です。私は田んぼの中で鳥や蛍たちと共生しているのです。
田んぼの中だけでなく、生活の場である家の周りにまた蛍が戻ってくるのはいつの日でしょうか。そうなれば私は完全に自然と共生できる・・・か? そりゃ、言い過ぎか。
(1998年8月)